【エンジニア必見】UberのCTO「Thuan Pham氏」の半生を追うと壮絶すぎた

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エンジニアになるのは、果てしない道。

全くの未経験の人にとっては、はたして私はエンジニアになることができるのだろうか。

そう思っているのではないでしょうか。

しかし、この思いというのは、少しでもプログラミング学習を始めなければ、いつまでたっても消えることはありません。

まずは始めることそれが大事です。

今回は、エンジニアになるまでにすごく壮絶な経験をされた現UberのCTOであるThuan Pham氏の実話を紹介します。

人は置かれた環境で変わるとは言いますが、何が彼をハングリーにさせたのか。

何が彼を突き動かしたのか。

これからエンジニアを目指す人にとって、少しでもモチベーションになり、頑張ろうと思えるきっかけとなる記事になると嬉しく思います。

何かと話題が多かったUber!CTOについてはご存知だろうか!?

Uberと聞くと思い浮かべることは何でしょうか。

私は、シェアリングサービスという言葉がまずはじめに思い浮かびました。

一般人の車の空いている席を販売できるようにするというアイデアを形にし、今までなかったものを生み出しました。

当初は、アイデアが新しすぎたこともあり、うまく行くのか懸念されていましたが、今では、上場を果たし、世界71カ国、600以上の都市でサービスを展開しています。

そんなUberですが、いいニュースもある一方、UberのCEOに関する悪いニュースもありました。

そんなCEOの悪いニュースが目立ちがちですが、UberのCTOに関する情報を知っている人はあまりいないのではないでしょうか。

Uberの元CEO「Travis Kalanick氏」の辞任

CTOについての話に向かう前に、少しだけ辞任された元CEOのお話を。

Uberの創業期から、アドバイザーという立場で関わってきたTravis Kalanick氏。

タクシー配車サービス時代から、アドバイザーとして関わっていたが、最初の資金調達を行なったタイミングでCEOを指名され、CEOに就任しました。

就任後に、様々な革新的なアイデアを形にし、今のシェアリングサービスが生まれました。

そんなCEOのTravis Kalanick氏ですが、社内での社員によるセクハラ問題、Travis Kalanick氏による女性差別発言、また、両親の交通事故なども重なって、一時休職、最終的には辞職するに至っています。

まさに壮絶な人生を送っている人の一人です。

現在は、元Expedia GroupのCEOのDara Khosrowshahi氏が就任しています。

Uberの成長を技術で支え続けたCTO、Thuan Pham氏

そんな社長の影に隠れがちではありますが、Uberを技術的側面で支えてきた人が最高技術責任者であるThuan Pham氏です。

Thuan Pham氏は、VMware、Westbridge、Doubleclickにてエンジニアリングのバイス・プレジデントを務め、現職のUberでCTOとして、優秀なエンジニアリングチームを指揮しています。

Thuan Pham氏はマサチューセッツ工科大学で、コンピューターサイエンスとエンジニアリングの学士号を取得しています。また、電気工学計算機科学科で修士号も取得しています。

経歴だけを見ると優秀な大学を出て、順風満帆な人生を送っているように見えますが、Thuan Pham氏には壮絶な過去があったのです。

現UberCTOのThuan Pham氏の壮絶な人生

幼少期にベトナム戦争で難民に

Thuan Pham氏の幼少期はベトナム戦争の真っ只中でした。20年にも及んだベトナム戦争時にベトナムで生活を送っていたのです。

もちろん、食料など確保できるわけではなく、苦しい生活を強いられていました。

Thuan Pham氏が10歳のときに、家族は難民ボートでベトナムを離れる決断をします。

生存確率は50%!難民ボートでマレーシア、そしてインドネシアへ

Thuan Pham氏は、60メートルくらいのボートに、ライフジャケット等はなしで、着の身着のままの格好でマレーシアに向かうことになります。

ボートの中はパンパンで、人が3段になって身動きがとれない状態。トイレなども垂れ流すしかない状況でした。

ボートは無事にマレーシアに到着したものの上陸は断られてしまいます。

その後、また別のボートに乗って、インドネシアのLetung島に向かいます。

それがなんと10ヶ月にも及ぶ航路だったのです。

航路の途中に、2回海賊に襲われたにも関わらず、無事にインドネシアに到着しました。

アメリカへの亡命で人生が切り開かれる

インドネシアに到着して、Thuan Pham氏の母親は、アメリカへの亡命申請をします。

その申請は承諾され、家族はアメリカに渡ることになりました。

Thuan Pham氏はアメリカの学校に進学し、週末は洗車ステーションで働いていました。

その後、1986年にマサチューセッツ大学に進学します。

ここから、Thuan Pham氏の人生が切り開かれて行きます。

Thuan Pham氏も当時のことを振り返り、このように話しています。

「学校に行きたくないと思っている意欲的な起業家にも、私なら教育を受けることを推奨します。大学に行くことによって道は開けますから。」

様々な企業を経て、Uberに就職し、現職のCTOへ

Thuan Pham氏は、HP Lab、Silicon Graphics、Westbridge、DoubleClick、VMWareで職務経験をつみ、2013年に、Uberに転職し、CTOに就任します。

VMWareで、リーダーシップチームとしてエンジニアリングチームとして働いていたとき、入社当時の300名から、15000人までチームが拡大していました。

ちょうどそのとき、Thuan Pham氏は次のキャリアをどうするか考えており、1年ぐらいの休暇をとろうと考えていました。

そのときに、Uberの取締役であるBill Gurley氏より連絡があり、当時のCEOであるTravis Kalanick氏と会うことになったのです。

2週間ほど、Uberに関するディスカッションを重ね、取締役としてUberに入社することになりました。

開発での失敗を早めに経験する

Thuan Pham氏は、開発での失敗は早めに経験すべきと話します。

猛スピードで開発を進め、どんどん世に出していく。

その中でユーザーに受け入れられなかった場合は、すぐに改修を行い、質を高めていく。

入社当時は、Uberのアプリにはバグが多かったみたいですが、今ではそんなエラーはほとんどありません。

一生分のバグ対応を初期のタイミングでやっていたからこそ、Uber全体での経験値が上がっているのです。

ハイブリット・サステイナビリティーモデルを導入し強固なサービスに

現在は、1つのサーバーに頼らず、複数のサーバーに分散してアプリを運営しています。

Uber独自のサーバーに加え、AWSのような第三者サービスも使い、サービススピード、品質の向上を図っています。

この複数のサーバーを活用して運用することを、ハイブリッド・サステイナビリティモデルと呼んでいます。

世界中でインパクトがあるものを作り人々の生活を変える

Thuan Pham氏は、インドを訪問時に、現地のスタートアップに対して、以下のようなアドバイスをしていました。

「世界中でインパクトがあるものを作り人々の生活を変えれば、いつでもあなたの心のモチベーションとなるだろう。」

壮絶な経験を経たThuan Pham氏だからこそ、かなりの説得力があります。

最後に

今回は、UberのCTOであるThuan Pham氏について取り上げました。

幼少期の壮絶な体験から、死と身近であったThuan Pham氏。

人生の儚さを身をもって体験しています。

やってみたいことがあるなら、やる。

一度でもやりたいと思ったなら、やって後悔したほうがいい。人生なんて何度でもやり直しがきく。

壮絶な体験を経たThuan Pham氏の言葉にはどれも重みがあります。

私も頑張らないと。

そう思わせてくれる記事でした。

みなさんはどのような思いを抱きましたか?

英語ですが、Thuan Pham氏がUberのエンジニアリングに関して話す動画を貼っておきますので、ぜひみてください!

参照:
https://medium.com/tech-in-asia-jp/%E3%83%99%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%A0%E9%9B%A3%E6%B0%91%E3%81%8B%E3%82%89uber-cto%E3%81%B8-thuan-pham%E3%81%AE%E6%B3%A2%E7%80%BE%E4%B8%87%E4%B8%88-c1a0d058d01e
https://www.uber.com/ja-JP/newsroom/%E7%B5%8C%E5%96%B6%E4%BD%93%E5%88%B6/thuan-pham/
https://www.businessinsider.jp/post-34540

アイキャッチ出典:
https://www.geekwire.com/2016/qa-uber-cto/

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